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久しぶりに覗いてみました

 投稿者:田吾作メール  投稿日:2010年 3月 9日(火)22時46分11秒
  田吾作です。まだやってるだろうか?久しぶりにここの掲示板を覗いてみました。私の最後の投稿からもう2年半が過ぎていて時の早さに今更ながら驚いています。あの頃は、『昼の浦』の話で盛り上がり、これまで分からなかったこともいろいろ知ることができ『昼の浦』に興味があった私にとって毎日が充実していました。まだまだ知りたいことはいっぱいあるのですが・・・もう、終わったんですかね。
 話は変わりますがこの場を借りて講演会の案内をさせてください。
 個人で企画しました。よろしくお願いします。

*******************************************
題目『ツキを呼ぶ魔法の言葉』
講師 五日市 剛
日時 2010年5月2日(日)14:00
場所 長崎ブリックホール
入場料 前売り2000円、当日2500円
連絡先 aki-h0113@live.jp
********************************************
 

(無題)

 投稿者:Isshan  投稿日:2009年10月21日(水)12時12分16秒
  最後のご老人、亡くなられたのは6年くらい前じゃなかったですかねー。
水源地の工事してたのが2001年、その時はまだご健在との事でした。
住んでたのもたしか海辺の方だったような?
数年前まで海から民家が見えてましたが、草木に覆われ見えなくなりました。
佐尾寄りの山中にも一人いると聞いた覚えがありますが、
それはもう20年・・・いやもっと前ではないでしょうか?
桐周辺にも元住民の方が何名かいてますよ。

水源地が出来ても、私が見た時には小さい方の浜に清水が流れてました。
だから滝もあるはずですが、やはり草木に覆われ分かりません。
石組みの防波堤や難破船は、もう跡形もないですね。
よろしければ写真をUPします。
 

はじめまして、

 投稿者:Isshan  投稿日:2009年10月21日(水)11時47分43秒
  さっちゃんさん、この掲示板じたい何年も書き込みがなかったようなので、管理人の方はもうほとんど覗かれていないと思います。原塚や昼ノ浦の教会堂の写真、貴重ですよね。自分も知りたいです。トップページから管理人の湯~マットさんに直接メールしてみてはいかがでしょう。

>>>爆撃による損傷:商船けいざん丸(九州ひの島沖)
あっぱよさん、まさかこの船じゃないですよね(笑)
うずら丸なら聞いたことあります。
渡海船と言っても、五島と九州本土をむすぶ船、五島の津々浦々をめぐる船、いろいろありますが、あっぱよさんはどこからどこまで乗られたのでしょうか。
新上五島町のSNS(掲示板)「みっか」で聞いてみたら早いと思います。

いもんじゃあこさん、じつに興味深い話ですね。
隠れキリシタンが逃れて来るほどの秘境ですから、ありえると思います。
秘境・・・と言っては元住民の方に失礼かもしれません。また奈良尾方面の方々は山道を通って来てたのが懐かしいみたいですが、旧若松町で船さえあれば、わりかし気軽に近くを通ってますよ(笑)
 

(無題)

 投稿者:test  投稿日:2009年10月17日(土)07時09分59秒
  test  

一体いつ取材したんですか?

 投稿者:さっちゃんメール  投稿日:2009年10月16日(金)16時27分10秒
  私は旧若松町出身者です。昼の浦や原塚の教会堂の写真があるのをみてびっくりしました。現在は全然残ってないので。今年の1月に昼ノ浦に入りましたが、教会の跡地を見てきました。ソテツの木だけが教会の痕跡を示していました。原塚の教会などいつ撮ったものか、よかったら教えてください。今、上五島の歴史を調べてるので・・  

(無題)

 投稿者:あっぱよ  投稿日:2009年10月14日(水)15時18分11秒
  奈良尾出身の者です。  五島で渡海船(?)の『けいざんまる』って知りませんか? 昔、乗ったことがあるのですが・・・  この掲示板を見つけたので、聞いてみました。
突然ですみません・・・
 

聞いた話

 投稿者:いもんじゃあこ  投稿日:2009年10月13日(火)14時27分54秒
   小奈良尾出身者です。私の同級生がお母さんから(そのお母さんは親戚から)聞いた話なのですが、昔(終戦前後から数年間?)、かの山本五十六元帥(海軍大将)の姪御さんが昼の浦に住んでいたそうです。話によると、昼の浦(もしくは近傍の集落)出身のある人物が山本元帥の下足番として仕えており、第二次大戦での敗戦を覚悟した山本元帥が終戦後の災難(戦犯として処刑される等)が親族まで及ぶことを危惧し、下足番である人物に姪御さんを託した(結婚させ、昼の浦に隠れ住ませた)そうです。ある日、昼の浦のその家で郵便配達人が山本元帥からの手紙や写真を見せられて騒ぎになったそうです。
 私には、事の真偽を確かめる術もありませんが、少なくとも私の同級生のお母さんがこの話を親戚から聞き、現在まで事実として認識している(そのお母さんは子供の頃、その話を聞く前に奈良尾で昼の浦に住んでいたある女性と遭遇し、その上品さ=近所で見かけたことがない綺麗な人、に不思議な気持ちになったことがあったそうで、後でこの話を聞いてその女性のことだと確信したそうです)ことだけは確かです。
 そういえば、以前の投稿にあったトルストイ(の少女)の話題とも関係があるのかも知れませんね。
 

.

 投稿者:名無しメール  投稿日:2009年 7月17日(金)13時33分23秒
  例のご老人ですが、旧若松町の役人が選挙票か何か、
書類を届けに行ったところ、
亡くなられているのを発見したそうです。

その時の状況はご存知かと思いますが、
とてもここでは書けません・・・。


あらためてご冥福をお祈り致します。
 

ひんのうら再訪

 投稿者:名無しメール  投稿日:2009年 7月17日(金)13時30分22秒
  ひんのうらの情報を収集しようにも、
そういえば昔同級生がいたなとか、
最近ではもう誰も行っていない、という返事ばかり。

かろうじて聞けたのは、難破船の入り江に不登校児がいて、
数人で訪ねに行ったという話。

また逆に、台風か何かで大雨の日、
遠方集落の者はさすがに登校しないだろうと思っていたら、
ひんのうらの者が一人ずぶ濡れになって現れ 、
「ンナ来たっか!」と驚いたという話くらいでした。
 

ひんのうら再訪

 投稿者:名無しメール  投稿日:2009年 7月17日(金)13時27分2秒
  あともう少しで海岸だったのは、間違いありません。
しかし目の前に続くのはやはり、鬱蒼とした森。
釣り人が来るのならと踏み跡を探しましたが、
木とヤブでとりつく島もありません。

この時点ですでに全身汗まみれです。
半袖姿ではとても藪こぎなんて出来ません。
泣く泣く引き返しました。
 

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